ドリーム小説 80

 遠くの空が白みはじめた頃、ブチャラティはベッドで眠るを見ていた。皮肉なことに、目を覚ましているときよりも呼吸に乱れはなく、血の痕さえなければ、ただ朝日を待ちながら眠っている寝顔と変わりはない。
 そんな静かな部屋で、携帯電話が鳴った。恐らくフーゴだろうと思い、電話に出る。
「オレだ」
(フーゴです。あの、いま大丈夫ですか?)フーゴの声は遠慮を含んでいるように聞こえた。
 ブチャラティはの寝顔を一見してから寝室を離れ、リビングルームへ向かう。ソファーに腰を下ろしてから、問題ない、と短く返事をした。
(僕たちが追っている敵の正体ですが、アバッキオたちが始末した相手、そして本屋の店主の名前の身元を調べた結果、イタリアのギャングチームだと判明しました)
「詳しく聞かせてくれ」
 電話の向こうでマウスをクリックする音がした。
(本屋の店主の話を辿りながら話します。当時チームのボスだった人物に不満を抱いた部下がいた。その人物がボスを殺し、組織を乗っ取る。それを機縁に、今まで禁じ手とされていた麻薬や人身売買などに手をかけている記録が、数件だがいくつか残されている。構成員はざっと二百。ギャングチームにしては、かなり少人数です。そのなかで生き残ったのは約四十名。名前を挙げると時間がかかるので、気になった名前だけを挙げます。一人はエミリオ・マンチーニ、そしてオドーレ・ジス、ジョエル・カットーニ、コンフィ・アンス。この者たちの名前をどこかで聞いたことはありませんか?)
 ブチャラティは挙げられた名前を頭の中で復唱する。オドーレ・ジスはハウスキーパーを装い、とエマを拉致した人物であり、アバッキオとミスタが始末した男の名前だ。そしてジョエル・カットーニ。彼のファミリーネームを聞いたのは初耳であったが、彼もまた、今回の調査によって、かつてのギャングであることが再確認された。
(二名はすぐに出ますが、問題は残りの二人です。エミリオ・マンチーニは、僕たちが今回の任務を任された際、初めて向かったフィレンツェの田舎町――つまり、さんの両親が暮らしていた町をヤサにしていたギャングチームのリーダーの名前です)
 頭の中でパズルピースが嵌まったような気がした。しかしピースは他にも残されている。
「それはつまり……」
(恐らくですが、ボスを殺したあと、再び仲間割れが起きたんでしょう。ボスのやり方に従っていた連中が、いつ割れたのかは分かりません。ただ分かることは、僕たちギャングは子供のやっているごっこ遊びとは違う。属を抜けるということは、同時に死を意味することになる。ボスを殺した者がその時点でボスになったことで、その者から離れた者たちは裏切り者となる)
「先月、あの町で起きた銃撃戦は、裏切った仲間への落とし前ということか」
(僕の考えが正しければ、ですけどね。あるいはたまたまヤサにしていた場所が、さんの両親が暮らしていた町だった、という線も考えられる。敵の本来の目的は、さんを捜しだすことだった。それぞれの違う目的が同時に重なった……ということだろうか)
 フィレンツェの田舎町に縄を張っていたギャングチームの評判は比較的良く、彼らと接していた町の住人の声と照らし合わせても、意見は一致している。フーゴの考えに沿って辿れば、温厚な彼らを敵視し、殺そうと考える人物はおのずと絞られてくる。
 しかし、本当に偶然だったのか。当時の裏社会事情を詳しく知っているわけではないが、ヤサにするのであれば、他にも場所はいくらでもあったはずだ。なぜ抜け出した数十名のギャングたちはあの田舎町を――の両親が暮らしていた町を選んだのだろうか。こればかりは幾ら考えても、現段階では解明できない謎だ。もしかすると、単なる偶然で済む問題かもしれない。
 そう思ったとき、ブチャラティに変化が訪れた。いったいどんな繋がりで思い出したのかは分からない。人間はふとしたときに、昔のことを思い出すものだ、と思った。
「フーゴ」
(なんですか)
「もう一人の名前をもう一度教えてくれ」
(コンフィ・アンスです。何か知ってるんですか?)
 ブチャラティはもう一度、記憶を巡らせた。いま考えていることに間違いがないのであれば、二年前に目の当たりにしたあの事件は、一歩間違えれば恐ろしい結末になっていたかもしれない。
「フーゴ、二年前の二月に起こった事件を調べてくれ。それを見たほうが早い」
 ブチャラティの指示にフーゴは戸惑うことなく、素早く情報を入力する動きが窺えた。以前から思っていたことだが、やはりフーゴはチームの中でも仕事が早い。ブチャラティも最近になってようやく機械物に慣れてきたが、フーゴは少し触れただけですぐに吸収してしまう。
 しばらくしてから、ありました、とフーゴが言った。
「その中に、アパルトメントで遺体として発見された記事はないか。コラムの右隣だ」
(……あ。ありますッ。えっと――)
 フーゴは以下の記事を読み出した。
『アパルトメントの六階に男の遺体。彼の名はコンフィ・アンス。第一発見者は建物のオーナー。廊下の清掃中、部屋から漏れる腐敗臭を不審に思い、警察に通報した。調査の結果、警察は他殺の可能性を挙げた。部屋の中に刃物や銃などは見当たらず、凶器は犯人が持ち去ったという見解だ』。
 フーゴが読み上げた記事を聞きながら、ブチャラティは味をしめたように唇を舐めた。
 やはり間違いない。二年前にと訪れたアパルトメントで遺体となっていた人物は、今回の敵の仲間であり、同時に薬の被害者となった者だ。
 それだけではない。当時、はコンフィ・アンスという男を仕事の取引相手だと話していた。男はが、自分たちが薬の開発を依頼した人物の娘であることを知っていたはずだ。あの場所にを呼び出した理由も、恐らく彼女を完全に捕らえ、拉致することが本来の目的だったに違いない。
 コンフィ・アンスが薬の被害に遭っていなければ、もしくはブチャラティが彼女に着いていっていなければ――そのことを考えると、ぞっとする。
 ブチャラティは二年前のことをフーゴに話した。
(それじゃあ、その頃から既にさんは敵にマークされていたということですか)
「仲間の一人がと接触をし、十分な信頼を寄せてから事を進める予定だったんだろう」
(そしてさんはネアポリスを離れ、日本へ渡った。その間、敵は身動きがとれなくなる)
「どうしてそう思う?」
(海外へ渡る際には、必ずといって入国審査をしなくちゃあならない。僕たちのようなギャングが表から素直に入国しようすれば、間違いなく強制送還されてしまいますが、近年のパッショーネは国際的に空港や乗船所、あらゆる移動機関に手回しができる。所謂、裏ルートというやつだ。現代のイタリアではパッショーネ以上の裏組織は存在しない。ギャングお得意の裏取引も、たった四人のギャングチームには無理がある。だから足踏みをせざるを得ない。その間はきっと、これからのことを考えていたんでしょう。さんの利用した航空会社のハッキングとかね)
 話を聞きながら、よくこの短時間でそれだけの考えをまとめ、言葉にすることができるな、とブチャラティは改めてフーゴの頭の回転の速さを称賛した。褒められたフーゴは少々照れくさそうにしていたが、電話越しから聞こえる声色は明るかった。
(僕はあんたの頭脳にはなれますが、僕の知識を大きく上回ることをあんたはたくさん知っている)
「オレが?」
(きっと僕だけじゃあない。みんなが感じてるはずだ。もちろん、さんもね)
 彼女の名前を出され、ブチャラティは先ほどの口論や彼女の言動を思い出す。いまは静かに眠っているが、今度はいつ目を覚ますか分からない。
 もしかすると彼女は二度と――いや、止めておこう。ブチャラティはかぶりを振った。
(いいんですよ、さんの傍にいても)
「お前に気を遣われるなんてな」
 いいんだ、とブチャラティは落ち着いた声で言った。
は安全な場所にいる。任務を終えてからでも遅くはないはずだ。オレはそう信じる」
(あんたが言うなら、僕はなにも言わないよ。でもひとつだけお願いがあります)
「お願い?」
 フーゴが自分から意見を言うなんて珍しいな、と思いながらブチャラティは耳を傾けた。
(敵は残りもう一人いる。一般人に殺人用の薬の開発を強要させ、ボスを殺し、かつての仲間に容赦ない制裁を送るような人物がね。そいつを始末すれば、今回の任務は終わりだ。そのときに僕はブチャラティ、あんたの力になりたい)
 つまりは、僕もいっしょに戦わせてくれ、とフーゴは申し出ているわけだ。
「オレは最初からそうするつもりだった」
(え?)
「オレといっしょに来てくれ、フーゴ。お前の力を借りたい。敵の詳細も掴めているんだろう」
(はい)フーゴの声色は落ち着いてはいたが、そこには笑みがあるのだろうな、と分かった。
「それなら、これから落ち合おう」
(分かりました)
(ブチャラティ、オレは?)
 この声の主はナランチャだろうか。
「ナランチャはアジトで待機だ。お前には後で任せたい仕事があるからな。休んでおけ」
 と、言っておけば彼は納得するだろう。心苦しいが、いまはそう言わざるを得ない。予想通りナランチャは素直に命令を受け入れた。ブチャラティはフーゴと落ち合う場所を話し合ったあと、通話を切った。
「行くの?」
 背後から掛けられた声に、ブチャラティは勢いよく振り返った。そこにはがいた。まさかこんな早くに目を覚ますとは思っていなかったため、酷く驚いた。
 は寝室からリビングルームへ出て、ブチャラティの隣に腰を下ろした。軽く咳込み、呼吸を整えている。その様子を見かねたブチャラティが彼女の肩を優しく撫でる。今度は拒まれることなく、撫でた手にそっとの手が添えられた。
「ごめんなさい。少し苦しくなっただけ」
「寝ていなくて平気か? 無理はするなよ」
「グラッツェ。なんだか自然と目が覚めちゃって」
「起こしてしまったか」
 はかぶりを振った。「あなたのせいじゃない。あのまま眠っているよりは、ブチャラティと話しているほうが落ち着くと思ったから」
 そう話すは、ブチャラティが知っている普段の彼女に戻っていた。先ほどのように取り乱すこともなく、口調も落ち着いている。こちらに穏やかな視線を向けながら話すの姿に、ブチャラティは胸を撫で下ろした。
 しかし、まだ自分たちにはどこか気まずい空気が流れているような気がしてならなかった。
「さっきはすまなかった」
「さっきはごめんなさい」
 それはほぼ同時だった。同じ呼吸、同じタイミングで重なった謝罪の言葉に、ブチャラティとは互いに顔を見合わせ、やがてゆっくりと微苦笑を浮かべた。
 彼女とはこんなことが過去にも何度もあったな。
「さっきはごめんなさい、ブチャラティ。わたしに余裕がなかったとはいえ、あなたに酷い言葉ばかり投げつけてしまった。本当にごめんなさい」
「あれがきみの本心ではなかったことくらい、オレにも分かっていた。こちらこそすまなかった。相手がだからといって、つい本気になってしまった。許してほしい」
「あなたはわたしのためを思って叱ってくれたんだもの。ブチャラティが謝ることはない」
「きみに大声を上げてしまった」
「もう気にしないで。……ね?」は微笑んだ。
 この笑みに、ブチャラティは昔から弱い。そしてあれだけの涙を流し、追い込まれたこんな状況でも笑うことを忘れないは、それでも強い女だな、と思った。
 ブチャラティはの肩を抱き、自分の胸へと引き寄せた。は緊張したように体を硬直させたが、それはすぐに解かれた。空いているほうの手で彼女の手を取れば、は両手で絡めるようにブチャラティの手を包み込む。
「ブチャラティが言い難そうにしてるから言うけど、あなたのギャングチームがこの辺りで麻薬を売りさばいていることは、もう知ってるからね」
 ブチャラティの指先が、ぴくりと動いた。
「でも、あなたが直接麻薬を売っている様子もなかったから、ずっと訊かないでおいたの」
「いつから、気づいていたんだ」
「今年に入ってから。仕事で密売や密輸関係を調べていたら、たまたま耳に入ってね。年々規模を拡大していく組織には、必ず裏で何かと糸を引いている。そうしたら必然的にたどり着くのは麻薬商売か政治家からの支援しか思いつかなくって。今回の場合は前者だったけどね」
 耳の痛い話だ。ブチャラティは耳を塞ぎたい気持ちを必死に押さえ込んだ。
「大きな組織に属していれば、必ず上のやり方に不満を抱く者が現れる。わたしはそれが嫌でいままで一人で行動していたけど、やっぱり一人は寂しかった」
、きみは一人じゃない」
「大丈夫。もうそんなことは思わないし、思えない。あなたといっしょにいるときだけは、わたしは一人じゃあないと思えたんだから。あなたには感謝している。こんなことを面と向かって言うのは恥ずかしいけど、わたし、ブチャラティに会えてよかった」
「そんな――」
 まるで最後の別れのように言わないでくれ、と言おうとしたが、ブチャラティは口を閉じた。この話をすれば、きっとまた先ほどのような喧嘩になってしまう。例えブチャラティがのことを思って言っても、彼女には届かない。どんなに大切だと思っている相手でも、分かり合えないことが必ずある。それが人間というものだ。
「オレもだ」
「え?」
「オレもきみと会えてよかった」
 ややあってが、このまま、と言った。「このままあなたと、どこかへ行ってしまいたい」
 ブチャラティは正直なところ、その返事に困った。このまま二人でどこかへ行くのもいいかもしれない。しかし、その先の未来で隣にいる彼女を永遠に守り抜けるかどうか、自信がなかった。なにより仲間たちをおいていくことはできないし、組織を裏切る行為も許されない。それこそを更に危険な目に遭わせることになる。
 中途半端は一番、嫌いだ。
 現実逃避をしている場合でも、逃避行をしている場合でもないことは分かっている。は逃げるのではなく、前へ進むためにその道を選んだのかもしれない。
 彼女の言葉を聞いて、分かったことがある。自分の歩いている道には最初から逃げ道なんてものは存在せず、あるのは前に進む道か、目の前に立ちはだかる現実という名の壁だけだ。この道を選んだときから分かっていたことを、改めて突きつけられた。
 そんなこちらの心境を感じ取ったのか、のほうを見ると彼女は慰めるように笑っていた。
「冗談だから、そんなに深く考え込まないで」
 それが嘘だということも、先ほどの言葉が本音だということも、ブチャラティは全て分かっていた。分かっていたからこそ、何も言えなかった。そして辛かった。ようやく胸に溜めていた本当の気持ちを口にしても、決して叶うことのない夢だと悟ってしまっている。
、きみには夢があるのか」
「突然どうしたの?」
「ちょっと気になってな」
「夢、か。そうね……」
 はしばらく考える素振りをとったあと、ブチャラティのほうを見て微笑んだ。
「半分は叶って、もう半分は努力次第かな」
 不思議な夢だな、とブチャラティは思った。
 そのときだった。腕時計のアラームが鳴った。
 そろそろフーゴの元へ行かなくてはならない。もこちらの次の行動を悟った様子で立ち上がる。
「傍にいてやれなくてすまない」
「ううん、気にしないで」
「すぐに戻る。そう不安そうな顔をするな」
 は慌てて自分の顔を、ぺたぺたと触った。「わたし、そんな不安そうな顔してた?」
「言ってみただけだ」
「あ、もう。すぐそうやってからかうんだから」
 は鼻の上に皺を作りながら、顔をしかめた。
「外、寒いから気をつけてね」
「きみも暖かくしていろよ。無駄に動くな。辛くなったら携帯電話でも何でも鳴らせ」
 は吹き出した。「もう、妊婦さんじゃあるまいし」
 そうやって笑っていてくれることが、どれだけ幸福で温かいものなのか、今なら分かる。
 ブチャラティが車のキーを片手に玄関へ向かい、その後をが追いかける。ブチャラティがこの家に住んでから二人分の生活音が聞こえるのは、これで二度目のことだ。床を踏みしめる音が増えるだけで、こんなにも心地よい音楽に聴こえる。
「それじゃあ――」
 ブチャラティはのほうへ振り返った。その先でとても不思議なものを見た。彼女の顔が、幼い頃に送り迎えをしてくれていた母親の面影と重なったのだ。母親との顔は似ているわけではない。かといってまったく似ていないわけでもない。これは初めてと会ったときから抱いていた感情だ。
 昔から彼女からはなにか、母親に通じるものを感じる。
「ブチャラティ?」
 から声をかけられ、ブチャラティは、はっとする。目の前には確かにがいた。
「大丈夫?」は心底心配しているようだった。
「ああ。に見惚れてしまっていた」
 もう、とは怒った様子で腰に手を当てた。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
 ドアノブに手を掛けたとき、ブチャラティはから返ってきた返事に思わず足を止めた。握ったドアノブから走った静電気のせいかとも思ったが、そうではない。
 ――はいま、なんと言った?
 当たり前のように存在するはずの一言は、こんなにも人の心を揺さぶるのか。
 ブチャラティは握っていたドアノブを離し、再びのほうへ振り返る。こちらを最後まで見送ろうとしていると目が合った瞬間、抱き寄せるように肩を掴んだ。
 腕の中で戸惑うの声が聞こえる。それでも背中に回された手は優しく、それこそがこれまでずっと求めていたものだと、ブチャラティは確信さえ持てた。
「あの……ブチャラティ?」
、オレにもいくつか夢があるんだ」
「え?」
 ブチャラティは腕をゆっくりと離し、の肩に手を置いてまっすぐと彼女の目を見た。
「きみと家族になりたい」
 は目を丸くさせた。
「きみがこの先で見つけた真実がどれだけ悲しいことだったとしても、オレがの傍にいる。オレは確かにそう言った。その思いは、いまでも変わらない」
 そうだ。彼女を初めて見たときからそうだった。まるで重力のようにに惹かれ、彼女の傍にいることが当たり前になりつつある日々の中で、忘れかけていた。
 ――という存在に出会ったときからずっと、オレはこの女に惹かれていたんだ。
 彼女と再会したときの思いは、初めて彼女と出会ったときと、とてもよく似ていた。
 その思いが時間を経て、ようやく心に行き着いた。
「惚れた女とは、時間をかけたいんだ」
 大きく見開かれていたの目が細くなり、その隙間から小さな光がこぼれ落ちる。俯いて目を伏せた途端、その光は量を増していく。
 オレはきみを泣かせてばかりだな、とブチャラティは心の中で微苦笑しながら、の頬に手を添えながら持ち上げるように顔を覗きこむ。は微笑んでいた。
「グラッツェ、ブチャラティ」
 頬に添えている手に、の手が重なった。
「わたしにもあなたといっしょに、同じ夢を見ていたい」
「ああ」
「あなたの傍にいさせてほしい」
「死ぬまできみを離すつもりはない」
 は一驚したあと、またすぐに微笑んだ。
 ブチャラティはの頬に添えていた手を離し、も流した涙の痕を手の甲で拭った。気持ちを入れ替えるように顔を手のひらで、ぱちんと叩いた。
「やっぱりあなたは、おかしな人ね」
「そうだろうか」
「だからいっしょにいたいと思えたのかも」
「それならオレは、ずっと変なままでいいな」
 そうね、とはまた笑ってみせた。
 そしてブチャラティは何度でもこの笑顔のために、ここへ戻ってこようと心に誓った。
「行ってらっしゃい、ブチャラティ」
「ああ。行ってくる」
 に見送られ、ブチャラティは自宅を後にした。その背中を押すように、海風が吹いた。

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