映像という画がなかった時代。肉声だけが連絡手段だった頃、周波数を用いたラジオはまさに画期的な存在だった、と当時の人間は語る。
後に光電管を用いたテレビが開発され、好奇心に負けずとも劣らない技術力が伸びていく。ガラル地方に留まらず、世界各国で世に役立つための機械が瞬く間に増加していった。
ポケモンギア――通称ポケギアが全世界で普及し始めてから間もなく、通信機器の開発に拍車が掛かる時代があった。ついには音声の枠を超え、映像を通しながら最大四人まで通信可能なライブキャスターが大流行する。ポケモントレーナーとして旅を続ける者たちを初め、機械に不慣れな世代にも爆発的な人気を誇った。
しかし、その輝かしい背景でラジオ文化は衰退の危機に陥っていた。電光石火の如く進歩する技術と娯楽により、若い世代はラジオを視聴することは愚か、存在すら知らない、とかぶりを振る者まで出てきた。
無論、全ての人間に当てはまることではない。放送局が統計したデータによれば、親世代から文化を引き継いでいるであろう視聴者は少なからず存在していた。何より、深夜のトーク番組は視聴者の大半が若者であった。
娯楽の幅が広がったことにより、夜更かしをする層が増えたのだ。勉強や作業の合間に何か音がほしい、とラジオへ手を伸ばす者も少なくなかった。ポケモンバトルにまつわる情報や音楽アーティスト。番組によっては徐々に右肩上がりになるケースも存在していた。
それでも業績は上手く伸びず、ラジオ業界はあの手この手で文化を保ち続けていた。
そしてスマホが販売された近年、世の中に激震が走る出来事が起こった。
プラズマポケモン、ロトムを用いた電子機器だ。
開発者はカロス地方に住む天才発明家、シトロン。彼は電気ポケモンの使い手、大都市ミアレシティのジムリーダーでありながら、常に未来のために役立つ機械を作り続けている。彼の発明品は『人間とポケモンの力を合わせた未来を切り開く道具』と称されている。
シトロンの開発により、人語を話せるロトム図鑑が生まれ、後にスマホロトムが普及する。当初はポケモンを機械に入れるなんて可哀相、という声も上がったそうだが、元来ロトムは電気を好む性質にある。
何より開発者のシトロンの考えとしては、当たり前になりつつあるポケモンとの共存を改めて身近で感じて欲しい、と専門書に記されている。
スマホロトムの登場により、間もなくアプリケーション開発の波がやって来る。情報を共有するソーシャルネットワークを中心に、メッセージ、画像編集、ゲーム、音楽。様々なアプリが全世界で競争をはかっている。
ラジオ業界もその波に乗った。リアルタイム以外でも視聴可能なアーカイブ機能。離れた場所で同時に番組を視聴する共有機能。視聴のたびにポイントが付与され、溜まったスタンプでプレゼントに応募できるキャンペーン機能。何よりスマホを持っていれば、いつでもどこでも視聴可能であることが便利要因のひとつである。
これによってラジオは幅広い世代に再び親しまれ、アプリ登録者数は次第に伸び続けた。
だが、話はこれで終わりではない。
先月、満を持して配信が開始された『チャンピオン・タイム』。王者ダンデがチャンピオンに就任して以来のラジオ出演ということもあり、番組は過去最高の数値を叩き出した。アプリ登録者数のグラフを監査していたスタッフが数値を見て腰を抜かし、「ダイジェットで吹き飛ばされたのかと思った」と病床でぼやくほどだ。
「そういえば」
思い出したようにダニエルが顔を上げた。
「例のダイジェットくん、退院したらしいよ」
「ダイジェットくん?」
手元の書類から目を離し、訊き返したのはだ。珍妙な名前に思わず疑問符を作る。
「有り得ない数値を目の辺りにして腰を抜かした子」
「ああ、その話ですか」
「完治までに随分とかかりましたね」
の隣に座ってきたのはルージュだ。テーブルに飲み物とスマホを置き、ノートパソコンを起動している。会議に必要な資料を立ち上げているようだ。
「ルージュちゃんは分からないかもしれないけど」ダニエルが感慨深く呟く。「歳をとるとね、人間は体の回復が遅くなるんだよ」
自身の経験を基にしているのだろうか。心なしかダニエルの表情が辛そうだ。
「日頃から体を労わらないとね」が言った。
「こういう職業柄ですしね」
キーボードを叩くルージュの手が止まった。
「ディレクター、準備が整いました」
「ありがとう」ダニエルは起立し、ぱんっと両手を叩いた。「それじゃあ会議を始めます」
室内の明かりが落ち、天井からスクリーンが下りてくる。ルージュはパソコンを操作し、表示されている画面をスクリーンへ落とし込んだ。
本日はジムリーダーとの企画案をもとに構成会議が行われる。呼集されたのは『チャンピオン・タイム』で仕事を共にしたメンバーたち。パーソナリティのや構成作家のルージュを含め、同じチームに依願したい、と上層部から連絡をもらったのだ。
企画案を上げる前にまず、好評に終わった『チャンピオン・タイム』の反省会から始まる。
現在スクリーンに映し出されているのは、主にネット上で展開された番組への感想だ。純粋に嬉しい声もあれば、なかには手厳しい意見も見受けられる。今回はダンデという大御所を取り扱った影響もあり、通常よりも反応の差が激しいようだ。
「個々に点在しているだけで、目立った非難はなさそうですね」ルージュが言った。
「そのようだね。しかし企画自体に不満を覚えた層はいるみたいだ。ダンデくんについて改めて紹介する必要ない。みんなが知っていることをわざわざ取り上げるな。そんなことを喋る暇があるなら試合について言及してほしい――様々な意見が上がっているね」
「意見というより、一種の文句ですね」
他のスタッフがぼやくように言った。言い方を換えれば確かにその通りだ。
「自分が知ってることは、みんなも知ってて当然って人は必ずいます」ルージュが言った。「ただ、彼らの言い分も分かります。これからダンデさんを知る子供たちや彼を知らない層の可能性を踏まえての決断でしたからね。少し狙いすぎたかも」
「ダンデくんはそれこそ、ガラルの象徴みたいな存在だからね。知らないほうが難しい」
それはチャンピオンの存在ではなく、人物像も含まれているのだろうか。どちらかといえば世間の観点から外れているは何も言えず、頷くことすらできない。
「次回はもう少し踏み込んだ話題を取り上げるべきでしょうか」が訊いた。
「世間がダンデくんに望んでいるものか」
「色物とか?」
「女関係とか?」
「実はこういうものが苦手とか?」
は思わず片手で面を隠した。考える素振りをとっているように見せかけている。しかしこのまま何も意見を言わないわけにもいかない。
「確かに意外性としては美味しいかもしれませんが、チャンピオンという名目で来ている以上、色物はバッシングの対象になりかねません。何より子供も視聴しているんです。夜配信ではありますが、やはりポケモンにまつわる内容を展開するべきではないでしょうか」
「スキャンダル系はテレビの仕事ですし、我々がやることじゃないですよ」
ルージュが後押ししてくれたことにより、今の議題はすぐに終わった。
「ポケモンを見せてほしい、と言われたときは驚きましたが、本当に良い方でしたよね」
「確かにその通りだね」
「リザードンへマイクをつけるとき、手を貸してくれるとは思いませんでした」
スタッフが各々、ダンデへの思いを語り始める。どれもプラスな感想ばかりだ。
ネットの反応を見ても思うが、チャンピオンはポケモンバトルの強さ以上に人柄を強く推されている。王者の威厳は保ちつつも、立場を鼻にかける真似はしない。世間が彼を支持する理由に性格が関わっていることは確かだ。
「くんはどう思った?」
「わたしですか」話を振られ、は背筋を伸ばす。
「あのダンデくんと互角に話し合えたんだ。きみの率直な感想を聞いてみたい」
スタッフの視線が一斉に集まる。は背中に嫌な汗を流れるのを感じた。
互角。端からはそう見えたのか。客観的視点というのは時に恐ろしい幻術を見せるものだ。
一考する素振りをとり、口を開く。「進行役から見ても素晴らしい方でした。予め答えを準備していたんでしょうか。質問への回答も素早く、訊いている側も心地よかったのを覚えています。リザードンの鳴き声を起用した意見を含め、同じ番組を担う者として協力を仰ぐ姿勢も忘れません。彼がチャンピオンである理由が収録を通じてより鮮明になったような気がします」
「なるほど」ダニエルは頷いた。
「月並みな感想で申し訳ありません」
「構わないよ。どうもありがとう」
本来ならば言いたいことが山のようにある。しかし偶像を崇拝する彼らに言えるはずがない。
話せば話すほど。関われば関わるほど。チャンピオンの実像が不鮮明になっていくなど。
ならば、この念はいつまで胸に留めておけばいいのだろうか。どこまで抱えておけばいいのか。先が見えない深い闇を感じ、は思わず身震いした。
「それじゃあ、次の議題へ移ります」
会議に耳を傾けながら、は手元の書類を見た。パーソナリティである彼女を含め、番組に関する感想や意見が粒のように羅列している。
『ポケモンの知識が豊富で聴いていて楽しい』
『ダンデのことをちゃんと調べている』
『話題の幅が広いからトークが面白い』
『聞き上手だから変にでしゃばらなくていい』
読んでいて身になる言葉ばかりだが、にとってはこれが当然でなければならない。
チャンピオンの知識を得ること。主役を引き立てること。ポケモンに詳しいこと。これらは司会進行であるのなら、最低でも越えてなくてはならないラインだ。当たり前のことができていなければ、身に余る賞賛を受けても成長の兆しは窺えない。
それでも嬉しいことに変わりはない。心のノートに言葉を綴り、今後の糧へ足していく。
は綴じられた片方の書類を開いた。想像していたよりも数は少ないが、やはり視聴者の母数が増えれば増えるほど、悪辣なメッセージは目立ってくる。
感恩の言葉の裏には必ず厳しい意見が飛び交う。これは何年も経験したことだ。
『ダンデのことを全然分かっていない』
『自分のほうがもっと上手く話せる』
『質問も単調で三回目から段々萎えてきた』
『向いてないから辞めろ』
は全てを読みきる前に閉じた。真摯に受け止めるべき意見もあれば、真に受けていれば切りのない言葉もある。都合よく目を閉じることも大切だ。
最後のメッセージに関しては最早私怨だ。どんな恨みがあって投げられたのかは判らないが、心無い人間に構っている余裕も時間もない。
これをまとめたのは誰だ、と胸中で悪態をもらしてからペットボトルの水を含んだ。
「ルージュちゃん、画面を切り替えてください」
「はい」
はスクリーンを一見した。ガラル地方を代表するジムリーダーが並んでいる。コマーシャルや雑誌、メディアで自然と目にする顔ぶれである。
「会議の前に話したとおり、今回ゲストとしてお呼びするジムリーダーはジムチャレンジ及びスケジュール管理の関係で限られた方々となります」
並びの一部にはフワンテの口元を彷彿とさせるイラストが記されている。所謂ペケマークだ。が見る限り、浮かんでいるフワンテは全部で五つ。
「一人ずつ説明していきますね」ダニエルは紙面に目を落としてから顔を上げた。「ヤローさんは挑戦者が最初に挑むジムリーダーです。引っ切り無しにバトルをする必要があるため、スケジュール確保が叶いませんでした。続いてルリナさん。彼女もヤローさんと同様、ジムチャレンジで既にスケジュールが埋まっています。尚且つ、モデルの仕事を含めて他者以上に多忙を極めているそうです」
そしてカブさん、と言ったところで、誰かの精気が徐々に失われていくのを感じた。
「カ、カブさんですが」ダニエルが若干、苦笑気味に話す。「彼も二人と同様の理由です」
は憂色を含んだままルージュを見た。彼女はマッギョのごとく体を薄くさせ、魂とも呼べる白い靄を口から吐き出している。こんな姿は初めて見た。
先日のパブでジムリーダーの収録企画に抜擢されたとき、ルージュはとても喜んでいた。普段から冷静且つ、淡々と言葉を並べる彼女があれほどまでに歓喜の色を露わにしたのは、やはり長年の支持者であるカブに会えるから、という思いがあったからだ。
しかしカブは来ない。予想に反した決定事項にルージュは未だ立ち直れていないようだ。
は内心、リーグが何故、曖昧なスケジューリングのまま企画を持ちかけたのか不思議でならなかった。各ジムリーダーが所属している事務所の事情か。或いはスポンサー関係で放送局とは提携できなかったのか。ガラル社会は複雑を極めている。
そんな時だ。ダニエルが声を明るくさせた。
「今回の企画には参加できませんが、カブさん本人の意思で収録は先送りとなります」
「えっ」ルージュが口から吐き出していた生気を吸い上げ、徐に立ち上がった。「先送り?」
「もしも収録に参加するのならば、ジムリーダーが見せる戦いではなく、挑戦者たちと繰り広げたポケモンバトルを交えて話したい、との意見だよ」
「な……るほど」
ルージュは静かに着席した。カブの考えに合点がいったのか、何度も頷いている。
さすがはジムチャレンジの登竜門と呼ばれる人物だ。ただ収録に参加するだけではなく、意味を持ってスタジオへ赴いてくれるというのだから驚きだ。ルージュが彼を応援し続ける理由も頷ける。
「オニオンさんはリーグの申し出で収録不可となった。ポプラさんは現在、オーディションの真っ最中だそうでラジオに参加する余裕はないそうだ」
なんだそれは、という突っ込みが喉まで出ていたが、は必死に心の奥へ押し込んだ。
つまり――挙げられた五名が欠席ということは、残りの三名がゲストということになる。
これで本当に企画として成り立つのか。前途多難を有する会議には少々不満を覚える。
「ここからはゲストの説明に入ります。まず初回の収録はキルクスタウンのジムリーダー、マクワさん。彼は業界でも一目置かれているルーキー枠です。次回はスパイクタウンからネズさん。彼はミュージシャンとして幾度かスタジオを訪れています」
ディレクターの言葉通り、ネズはスパイクタウンの魅力を伝えるため、楽曲宣伝のため。放送局を度々訪れては収録に参加している。当時はが担当している番組ではなかったため、ネズとは廊下で挨拶を交わした程度だ。言葉を交わすのは今回が初めてとなる。
「最後はナックルシティのキバナさんだ。彼は最後の門番というだけあって、挑戦者を迎えるまで時間に余裕があるそうだ。快く了承してくれたよ」
他人と比べるつもりはないが、こうして並べてみると色んな意味で濃い顔並びだ。どんな相手でも全力で取り組むことに変わりないが、今回も一筋縄ではいきそうにない。バトルに例えるならば曲者揃いだ。
「つまり暇人だけ集めたってことですよね」
耳打ちを立ててきたのはルージュだ。肯定は示さなかったが、要約するとその通りだった。
ジムリーダーを収録に迎えるのは今回が初めてではない。マイナーリーグを主体とした番組を担当した例がある。その際は全てのジムリーダーを呼んでいた。
「見た目以上に癖しかない方々ですね」
この子は本当に、気持ちいいくらい素直な子だ。
「ですが、この面子は作家としても腕が鳴ります」
それに関しては同感だった。前回の番組に続き、上層部から期待を込めて大役を任された責任もある。ジムリーダーと対談するのであれば、ポケモンバトルの知識以外にも会話の引き出しになりそうな資料を準備せねばならない。ネズに至ってはミュージシャンだ。収録前に彼の楽曲を聴いておくべきだろう。
何より――ひとつだけ気がかりな点がある。気のせいでなければ、恐らく合っている。
番組構成の会議が続くなか、は紙面に記されているジムリーダーを長らく眺めていた。
会議が終わったあとは夕方の収録を挟み、日が暮れると共に自宅へ戻ってきた。
帰宅の際、アーマーガアタクシー内でネズの楽曲を調べていると、サブスクリプション方式で配信されていることが判明した。聴き慣れないジャンルではあるが、これも仕事のためだ。歌詞くらいはすべて覚えておきたい。
他にも収録に参加する面々についてまとめられた資料や映像を可能な限り用意した。人気と比例してかなりの物量だ。先日片付け終えたワークデスクもすっかり元通りになっている。何度も言うが、こういう仕事なのだ。
適当にテレビを点けると、本日から開催されたジムチャレンジの映像が流れていた。真新しいユニフォームを身に纏った挑戦者たちがスタジアムのスポットライトを浴びている。今年は参加者が例年より多く見える。
ガラルに住んでいる者としては、今年もついに始まったんだな、という思いに駆られる。ダニエルほど歳を重ねたわけではないが、年々時間の経過が早まっている気がしてならない。
アナウンサーの情報によれば、今年はチャンピオンによる推薦者が二名。過去にダンデを推薦したローズ委員長からも一名の推薦者が出場しているらしい。
とんでもないエリートが出てきたものだ。今年の大会はさらに盛り上がるに違いない。
はニュースを聞き流しながら、夕食の準備に取り掛かった。野菜を煮込んでいる間にエリキテルを風呂に入れ、水に弱いイワンコにはブラッシングをかける。
「こら、エリキテル。まだ拭いてないでしょ」
エリキテルは水浸しのまま廊下を走りぬけ、イワンコが待っているリビングへ向かった。はタオルを構えながら彼を追いかけ、体の水気をふき取る。
「イワンコは水に弱いんだから」
労わるようにイワンコを一瞥したときだ。イワンコが毛を逆立て、大声で吠え出した。突然の出来事にエリキテルも頭の襞を広げている。
「どうしたの?」
イワンコは一点を見つめて絶えず吠えている。すわ何事かと思いながら彼の標的を見ると、テレビに映っているのはダンデとリザードンだった。
まただ――。
最近どういう訳か、今のようにイワンコが吠え出すことが多々起きている。最初は映像に驚いて威嚇しているのかとも考えたが、どうもそうではないらしい。
真意は掴めないが、イワンコが吠える瞬間にはそれぞれパターンが用意されている。
朝食前など腹を空かせているとき。
エリキテルと共にじゃれ合っているとき。
これらはまだ本能として理解できる。エリキテルにも同様の反応を示すときがあるからだ。
肝心なのは残りのひとつ。ダンデとリザードンの姿を視認したときだ。
映像然り、雑誌の表紙やシュートシティのポスター然り。ガラルに住んでいれば自ずと視界に飛び込んでくる王者たちの姿にイワンコは何かを感じ取っている。
ふと、は戸棚を眺めた。飾られているのはリザードンとエリキテル、イワンコの写真。ダンデと食事へ行った際、記念に残したものだ。
イワンコが彼らに会ったのはが風邪で倒れたときを除けば、それが最初で最後だ。余程リザードンと遊んだ時間が楽しかったのだろうか。それとも単にリザードンという概念に何かを感じ取っているのか。
黙考していると、イワンコが自身の寝床に向かって体当たりを繰り出した。続いてバスケットから玩具を取り出し、壁に向かってひとりでに投げ始める。
遊んでもらいたいのだろうか。は壁に投げられたボールを手に取り、イワンコを呼ぶ。彼は尻尾を振りながら駆け寄ってくる。しかしではなく、向かった先はテレビの前。が収録のために用意したポケモンバトルが流れている。
『リザードン、エアスラッシュ!』
『ジュラルドン、ドラゴンクロー!』
誰と誰の試合を見ているか、最早説明は不要だ。
が気になるのはそこではない。イワンコが彼らを食い入るように見つめている。時々攻撃に合わせては体を動かし、左右にジャンプしている。チャンピオンの指示を受けるリザードンを真似ているようだ。
まさか――。
はイワンコの隣へ座り、丸い頭を撫でた。
「もしかしてあなた、ポケモンバトルがしたいの?」