ドリーム小説 17

「分かった~~~~!」
 アルはテーブルに広げていた自由紙を頭上高くへ持ち上げた。部屋の照明が紙を透かし、紙面に描かれたポケモンに後光が差す。
「何がわかったの?」アルの母が言った。彼女は夕飯の後片付けを進めている。
「ポケモンクイズだよ」
「ああ」母は皿を拭く手を止めた。「アルがいつも聴いてるちゃんの番組ね」
「そうそう」アルは立ち上がり、母に向かって紙を広げてみせた。「名前順に並んだとき、一番硬い爪を持っているのは誰だってやつ。答えはガメノデス。特性のかたいつめを持っていて、五十音順で最初といえばガメノデスしかいないよ」
「さすがアル、物知りぃ」母から横肘を突かれる。
「まあね」
 アルは母のスマホを操作し、プレゼント応募要項にクイズの回答を入力する。問われた出題に回答を送り、正解して運が良ければポケモングッズが当たるのだ。アルは過去に二回当選している。トレーナースクールで使っている文房具は当選品だ。
「ママ、保護者のチェックにタップして」
「はいはい」
 母に最終確認をもらい、応募ボタンを押した。今回のプレゼントはピッピにんぎょう。通常とは異なり、体にリボンが巻かれた可愛らしい人形だ。最近販売されたばかりで、既に売り切れが続出している。無論、アルはまだ持っていない。
 当たりますように、と額縁に飾られたダンデのユニフォームに手を合わせた。
ちゃんも毎回ポケモンクイズを考えるの大変だろうねえ」母が呟く。
「ポケモンの種類にも限界があるもんね」
「大変といえば、二次抽選の結果発表って今夜中だったよね。アル、メール来てる?」
「ううん」アルは確認する前にかぶりを振った。「まだ来てないみたい」
 過去の受信ボックスに表示されているのは、全て『落選』の二文字だけだ。
 先着順のチケット争奪戦は完敗。祖父の協力を得て一次抽選に参加したものの、席はひとつも得ることができなかった。他にも食品シールを集めて応募したり、ダンデがスポンサーを背負っている会社のキャンペーンに参加したり。あらゆる手段を尽くしたが、全て惨敗に終わった。トレーナースクールでもダンデの試合に当選した者はひとりもいなかった。
 こんなことは初めてだ。やはりチャンピオンカップは倍率が凄まじい。
 頼みの綱は二次抽選のみ。当選者には本日、日付が変わるまでにメールが届くようになっている。しかしアルが握っているスマホは一向に震えない。
「二次抽選、当たるといいんだけどねえ」母は悩ましげにカレンダーを見つめる。「ダンデくんの試合がこんなに当たらないなんて……」
「希望はかなり薄いと思うよ」
「どうして?」
 アルは画面を切り替える。シュートスタジアムの公式サイトだ。ダンデが出場する際の座席表を確認する。一部の席を除き、席はほぼ埋まっている。
「残りの席は関係者とか、招待客とかかな」
 アルは半ば諦めかけていた。我が儘且つ、無謀な願いであることは承知の上だった。
 出来るだけのことはやった。それで行けなくても、次の試合がある。来年の大会もある。
 何もダンデの試合は今年で最後になるわけではない。今後も機会さえ舞い降りてくれば、何度だって観ることができる。ダンデが今回の大会でチャンピオンを辞めるわけではない。彼は最強無敵の王者なのだから。
『――それでは、ダンデ選手』
 スマホからラジオパーソナリティーであるの声が飛んでくる。現在は『チャンピオン・タイム』の最終回が配信されている。あっという間の一ヶ月だった。
『今回で最後の収録となります。四週に渡ってお送りしましたが、いかがでしたか?』
『とても貴重な体験をさせていただきました。ラジオ番組に参加したのはチャンピオン就任以来でしたが、さんを初め、番組を支えるスタッフはもちろん、いまオレと同じ時間を過ごしている視聴者たちのお陰で楽しい時間を過ごすことができた。リザードンたちも同じ気持ちだと思いますよ』
 リザードンが控えめに鳴いた。二週目からリザードンの鳴き声がアイキャッチ代わりになったが、これもダンデの提案なのだろうか。本人を含め、彼のポケモンにも興味を抱くアルにとってはこの上ないサービスだった。
『こちらこそ。わたしもダンデ選手やリザードンとのお時間、とても楽しかったです』
『また来年も是非、呼んでいただきたい』
『機会が合えば是非、よろしくお願いいたします』
 さて、とが紙を捲る。
『来月からはガラルトーナメントが開催されます。大会への意気込みをお聞かせください』
『そうですね――』
 ダンデは問われた質問に答えている。テレビや雑誌で何度も聞いた言葉ばかりだ。繰り返し投げられる質問に対して、ダンデはいつもどう思っているのだろうか。アルは母親から同じことで何度も叱られているため、彼の億劫さが解る。
 ダンデのコメントはいつも変わらない。インタビューや雑誌によって言葉選びは異なるが、基本的に差異を感じることはない。笑顔も忘れない。
 ただ、彼に挑む挑戦者たちは違う。
 ダンデはあまりにも強すぎる。存在自体が未知数だ。自分たちの想像を遥かに超えている。そんな声が多数上がっている。ジムリーダーも含めてだ。
 だからだろうか。時々、ダンデの存在が偉大で、遠すぎて。彼を見失いそうになる。
『――ダンデ選手、ありがとうございます。世界中から注目を集める大会ということで、本番組ではリザードン級にビッグなプレゼントをご用意しております!』
「えっ」アルが言った。「何だろう」
『……と、台本には書かれていて、わたしは何も知らされていません』が言った。
『いったいどんなプレゼントなんだ!』
『ダンデ選手も知らないんですか?』
『知らないぜ!』
『わたしもこの展開は予想していませんでした』
 二人の微苦笑とも思われる声が続く。
『ディレクターからの指示です。収録ベースのどこかに極秘と書かれた封筒があります。さんとダンデ選手で探してください――唐突なミッションですね』
『指示通り、二人で手分けして探しましょう』
『それではわたしはこちらを。あ、そちらは機材があるので気をつけてくださいね』
 二人は席を立ったようだ。スマホ越しに色んなものを漁る音がしている。時々、ダンデやの話し声に混ざってポケモンと思われる鳴き声も聞こえる。どちらも内容は聞き取れないが両者共に笑っている。
「ねえねえ、ママ」アルが言った。
「どうしたの?」
「ぼくの気のせいかもしれないんだけどさ」
 アルの母は皿を拭きながら首を傾げた。
さんとダンデ、最初と比べてすごく仲良しになってる気がするんだよね」
「そうかな?」
「二人とも楽しそうじゃない?」
 がパーソナリティーを務める番組は『チャンピオン・タイム』を含め、これまでに何度も聴いてきた。彼女は何より博識だ。ポケモンの知識にしろ、クイズの着想にしろ、ラジオ越しでもポケモンを愛していることがよく分かる。
 ダンデも同じだ。王者の名に相応しいポケモンバトルの知識と経験を持っている。時々感情的に話題を盛り上げるところがあるが、そこを蓄えた知識で拾い上げているのがだ。聞き相手である彼女がポケモンに精通しているからこそ、会話が更に盛り上がる。
 二人の会話は見合っているのだ。
『これか?』
『あ――いまダンデ選手が発見しました。極秘と書かれている封筒です』
 そんな風に考えている間に、ラジオの二人が進行を再開する。封筒を発見したようだ。
『これは開けていいんでしょうか。ダンデ選手に開けていただきますか。……わたし。はい。分かりました。わたしが開けて良いそうです。開けますね』
 がさがざ、とマイク越しに紙が鳴る。
『あれ? これってまさか。嘘――』
「なになに」アルが前のめりになる。
『チャンピオンカップ決勝戦のチケット!』
「ええっ!!」
 アルは思わず立ち上がった。反動でスマホを落としてしまい、足の指にぶつけてしまう。痛みでどうにかなりそうだが、今はそれどころではない。
「今度はどうしたのよ」
 片付けを終えた母がリビングへやって来る。両手にはお気に入りのカップアイスがある。
「だ、ダンデの観戦チケットが当たるかもしれない!」
「え、うそ、やだ。本当!?」
「いや、まだ決まったわけじゃないけど」
「可能性はあるんでしょ?」
「いまさんが詳細言ってるから静かにしてっ」
 母は慌てて口を塞いだ。アルはスマホの音量を最大にし、告知に耳を傾ける。
『改めてご説明いたします。今回の豪華プレゼントはダンデ選手が出場する決勝戦の観戦チケット。二枚一組となります。当ラジオアプリでは視聴の度にポイントが貯まるスタンプシステムを搭載しております。アーカイブを含め、チャンピオン・タイムを第一回から四回まで、すべて視聴されている方にはリザードンマークのスタンプが四つ付与されます』
 アルはメニュー画面を開き、スタンプ表を確認する。の言葉通り、視聴済みの証としてリザードン印のスタンプが押されている。
『リザードンスタンプを四つすべてお持ちの方は、本キャンペーンの応募対象者となります』
 これだ――アルは母と顔を見合わせた。自然と手のひら同士をくっつけ、指を絡め合う。
「毎週欠かさず聴いててよかったあっ」
「アル以上にちゃんのラジオを聴いてる子なんていないよ。絶対当たるって!」
「ぼくもそんな気がしてきたっ」
 アルのなかで消えかかっていた二次抽選の希望。それは手のひらへ舞い降りてきた新たな可能性へと姿を変えた。ラジオは未だ配信中だが、逸る思いを抑え切れない。意気揚々と応募フォームへ移動し、付与されたスタンプを使用する。
『皆さん、奮ってご応募ください。ダンデ選手の試合を観られるチャンスです』
『みんなでチャンピオンタイムだ!』
 必要事項を入力し、アルは再度、母からチェックを入れてもらう。
 高まる思いのまま送信ボタンを押す、つもりだった。アルはひとつ気になることがあった。放送局への要望やメッセージを入力する欄だ。
 アルは日頃から生配信へコメントを送ることはあっても、個別でメッセージを書き残したことはない。それには長時間、母のスマホ使用できない理由からもきているが、いつも相手の反応ばかりを期待して、表明することを忘れていた。
 大好きなダンデがラジオに出演してくれたこと。が出題するポケモンクイズを毎回楽しみにしていて、日頃から番組を視聴していること。与えてもらってばかりで、自分からは何も与えていないことに気付いた。
 アルは送信ボタンから指を離した。配信のエンディングを聴きながら、ホーム画面へ戻る。
「ねえママ」
「どうしたの?」
「もう少しスマホ触ってもいい?」
 母はスプーンで掬ったアイスを頬張り、片手で了承のポーズを作った。
 アルはスマホを置いて立ち上がった。母が数年前、仕事用に購入したプリンターから用紙を一枚取り出す。文房具セットを広げ、ペンを手に取る。
「何か書くの?」母が訊いた。
「ナイショ」
 アルはテーブルにかじりつき、ペンを走らせた。


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