ドリーム小説 14

 最終収録当日。は時間通りに目を覚まし、いつもと変わらぬ姿勢で仕事に望んだ。
 ダンデとの収録は午後四時から。事前のミーティングを含めれば、三時に到着しているのが妥当だ。リザードンの道案内もある。初回のような騒動はまず起きないと考えていい。
 は午前中の生放送を終え、昼食を済ませてから花屋へ向かった。コリーとインテレオンのセンスもあり、花束は見事な出来に仕上がっていた。
「わあ、素敵ですね」は歓喜の声を上げた。
「その人は相当運が良いんでしょうね。今朝、生きの良い花がたくさん入ってきたんですよ。珍しい花をふんだんに使わせていただきました」
「ありがとうございます。崩れないように大切に持ち歩かないと」
「またいつでもお越しください」
 は花束が入った紙袋を提げ、慎重な足取りで放送局へ戻った。ダニエルとルージュたちに花束を見せると、二人はと同等の反応を見せた。出番が来るまでは局内の日が当たる場所で保管し、おまじない程度に水をかけておいた。
 あっという間に時間は過ぎていき、ミーティング開始時刻十五分前となった。しかし、予想外を引き起こすことがあの男の十八番だ。チャンピオンは未だ、スタジオに姿を現さない。
 今日はマクロコスモス社のスタッフが同行しないとの連絡も受けている。ジムチャレンジ間近ということもあり、多忙に追われているのだろう。
 つまり、頼れるのはリザードンのみ。
 スタジオへなかなか現れないダンデに対し、焦る気持ちが高まっていく。は腕時計を繰り返し確認する。時間は刻々と迫ってきている。
 もしかすると、最終日になってもまだ迷っているのだろうか。それとも収録日を一日勘違いしているのだろうか。彼ならどちらもやりかねない。
「ダンデくん、大丈夫だろうか」
「時間はまだありますし。心配ないと思いますよ」
 スタッフにも徐々に不安の色が漂い始める。ルージュはどこか楽観的だ。
「わたし、ちょっと外まで見てきます」
 は痺れを切らし、席を立った。エレベーターを使おうとしたが、来るまでに時間がかかりそうだ。非常階段を使い、ヒールにも関わらず駆け足で下っていく。無機質な空間に騒がしい足音が鳴り響く。
 この状況は初日を彷彿とさせる。あの時はすれ違いの惨劇だった。
 しかし、今日は違う。今度こそ自分がチャンピオンを見つけ、スタジオへ連れ出してみせる。
 は放送局の外へ出た。駆け足した分、呼吸が少しだけ乱れる。チャンピオンはその場にはいなかった。
 日の光に目を細めながら空を見上げると、遠くにリザードンの姿が見えた。チャンピオンだ。彼はこちらに気がつくと、いつの日かの如く、手を振って応えた。
 は微苦笑を浮かべ、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら取り越し苦労に過ぎなかったようだ。やはり彼は他人を振り回している自覚がない。
 やがてリザードンに跨ったダンデが地上へ降り、へ歩み寄ってくる。
「おはようございます、チャンピオン」
に出迎えてもらえるとは思わなかったぜ」
「最終日ですから」
 こうして顔を合わせることも最後だ。ここまでくると不思議と名残惜しささえ覚える。
「最後までどうぞよろしくお願いします」
 会釈をしてスタジオへ案内しようと背を向けたとき、後ろからそっと手を引かれた。は自然と振り返る。すぐ傍にはダンデの顔があった。
「最後じゃないぜ」
「え?」
「最後じゃない」
「あ、ああ……」
 は訊ねた後に自分で答えを思い出した。恐らくは食事の件を言っているのだろう、と。
 仕事で会うのは最後、という意味だったのだが。やはり彼には真意を一言では伝えきれない。
「スタッフがお待ちかねです。こちらへ」
 は初日をなぞるようにエレベーター前まで案内する。彼は何も言わずについて来る。
 ここなら誰の邪魔も入らない。ゲストと同伴である場合。緊急事態が起きた場合。いずれかに当てはまらない限り、局内のスタッフはVIP専用エレベーターを私物化できない。分厚い扉もあるため、聞き耳を立てられる心配もない。話すなら今だ。
 は乗車ボタンを押す前に振り返った。何も言わずに立ち止まった彼女に対し、ダンデは一瞬だけだが、驚いたように瞬きをした。
?」
「チャンピオン。少しだけわたしの話に耳を傾けてくださいませんか。すぐに終わります」
「どうしたんだ、改まって」
 は胸に手を添え、小さく息を吐いた。何度も対峙した黄金色を見つめ、口を開く。
 ダンデは少しおどけた表情をへ向けてきた。
「この度はこちらの言葉不足により、チャンピオンに多大な勘違いを招いてしまったことを深くお詫び致します。申し訳ありませんでした」は腰を曲げ、深々と頭を下げた。
 表情こそは見えないが、頭上からは戸惑いの空気を感じる。無理もないと思った。
 ややあってダンデが言った。「どういう意味だ?」
 は姿勢を戻した。「ずっと疑問でした。何故チャンピオンともあろう男が、わたしのためにワイルドエリアへ同行したり、寒空のなかを探し回ってくれたりしたのか」
 ダンデは唖然とした表情でを見ている。
「わたしはチャンピオンに申し上げました。自分から目を離さないでください、と。それはあくまで、局内で迷わないように、という意味です。ですが、言葉と説明が足らなかったせいで、チャンピオンには大きな誤解を招いてしまいました。不要な言動を与える真似をしてしまいました」
 長い台詞の後、は深呼吸をした。
「本当に申し訳ございませんでした」
 は再度、深く頭を上げた。清掃員によって磨かれた大理石の床に自分の顔が映っている。それから目を背けず、自らの過ちに向かい合った。
 言えた。昨夜から謝罪の弁を考え、朝から何度も練習を重ねた成果が遺憾なく発揮された。
 チャンピオンに真意を伝えるためには、余るほどの言葉が必要だ。過去に自分が発した言葉を呼び起こし、これまで彼が起こした言動がそれに繋がっていることを表明すれば、理解するまでに時間は掛からないはずだ。
 長い沈黙が流れる。天井に設置されている空気清浄機がやけに騒がしい。
 は未だに頭を下げたままだ。相手の口が開くまでは、決して面を上げてはならない。今回の被害者は自分ではなく、間違いなくチャンピオンなのだから。
 頭上から降り注ぐ重い圧力を必死に耐えた。

 いつもと変わらぬ声色で名を呼ばれ、は内心どきりとした。ダンデがどんな表情を浮かべているのか想像がつかないからだ。
 確かめるために頭をゆっくりと上げる。相手の様子が気になるあまり、上目遣い気味でダンデを見つめた。待っていたのは腕組みをしながら首を傾げているチャンピオンの姿。は頬に不思議な汗が流れるのを感じた。
「チャンピオン?」
 ダンデは頭の位置を戻した。思案を巡らせるように拳を顎に添え、無言を貫いている。
 再度、追究しようと口を開こうとしたときだ。
はもう少し賢いと思ってたぜ」
「は……」
 予想に反する屈辱的な台詞。の口から乾いた息が抜け落ちるように出ていく。
「確かにオレはの言葉通り、きみから目を離すことはしなかった。ワイルドエリアへ連れ出したことも、異変に気付いて探したことも事実だ。だが、それはオレの意思で決めたことだ。きみの言葉が全てではないぜ」
 は、あんぐりと口が開きそうになるのを堪えた。頬に伝う汗が白い床へ落ちる。
は長い間、オレの傍にいたから忘れているのかもしれないな。オレはチャンピオンだぜ。他の誰よりも強さと勝利にこだわっている。だからこそ限られた時間は惜しみなく使う。ガラルのためなら何事も全力を注ぐつもりだ。サインでも写真でも、もちろんポケモンバトルでも何でも引き受けよう」
 ダンデはと目線を合わせるように腰を曲げた。
「だが、オレは前にも言ったはずだ」
 気のせいだろうか。外光に反射して輝く黄金色が一瞬、黒い眼差しのように見えた。
は特別だ」
「特別って――」
 何がですか、と問おうとしたとき。のポケットでスマホが震えた。ディレクターからだ。画面の時刻を見れば、既にミーティング開始五分前だった。は平静を保ちながら素早く応答し、スタジオへ向かうように告げてから通話を切った。
「……ご案内いたします」
 はエレベーターのボタンを押した。指が震えているのは気のせいだと思いたかった。
 ダンデが乗ったことを確認し、も乗り込む。閉ざされたドアが鉄格子の檻に見えた。
 逃げるように階数ボタンを押そうとする。だが、背後に大きな気配を察知した。アーマーガアタクシーで感じたあの匂いだ。金縛りのように体が硬直する。
、約束のディナーはいつにしようか」
「ディナーですか」
 そうだ。そんな約束をしたのだった。誰がそんなことを持ち掛けたのだろう。わたしだ。
は五日後なら都合が良いんだったな」
「何故、わたしのスケジュールを把握しているのですか」
「ワイルドエリアへ誘ったときも同じ曜日だった」
 この男――本当に抜け目がない。ポケモンバトルで無敗を誇る理由が分かる。
 は生唾を飲んだ。顔を合わせていないことが唯一の救いだった。これまで懸命に虚勢を張り続けたが、今回ばかりは顔に滲み出ている。自分でも判る。
 気付かれないように息を吐いた。恬然とした態度でボタンを押し、エレベーターを操る。
「大変申し訳ありませんが、その日は夕方から別の仕事が入っているんです」
 嘘ではなかった。ただ、ほんの小一時間だ。日が暮れる前には業務を終えることができる。
「何時に終わる?」
 相変わらず、こういうときだけ切り返しが早い。
「現時点ではお答えすることができません」
のためならいくらでも待とう」
「申し訳ないです」
「オレが良いと言ってるんだ。気にする必要はない」
 本人は無自覚なのだろう。いまの彼の台詞を再翻訳するならば、恐らく意はこうだ。
 勅許を下ろしたのだから、黙って従えばいい――。
 卑屈な考えであることは百も承知だ。ただ、が置かれているこの状況では、これ以上に相応しい解釈は思いつかなかった。
「承知いたしました」が言った。「それでは五日後にいたしましょう。既にお店を決められていらっしゃるのなら、場所を教えていただければ直接向かいます。それともわたしがチャンピオンをお迎えにあがりましょうか」また迷子になられても困る、とは言わなかった。
「オレもその日は別件がある。用事を済ませたらを迎えに行くぜ。きみがしてくれたようにな」
「構いませんが、ひとつだけお願いが」
 あります、と乞うた直後。視界の隅で見慣れた色が揺れた。チャンピオンの髪だ。顔の横では太い腕が伸びてくる。正面の乗場操作盤に手をつき、一気に距離を縮められた。グローブを嵌めた指に力が入っている。
 は捕らわれるように視線を移した。
 酷く鋭い目だった。自然とこちらを見下ろす視線はまるで餌を狙う獣だ。冠を模した帽子のつばが彼の表情に影を作る。は思わず身震いした。
 ダンデはの反応を見ての行動なのか。口元に人差し指を添え、薄笑いを浮かべた。
「秘密、だろ」
 は無言で頷いた。喉が萎縮している。
「その日は周りから気付かれないように配慮する。オレもゆっくり話をしたいからな」
「ご配慮に感謝します」
 逃げ腰を悟られぬようにダンデという名の柵を潜り抜け、壁に背をつけた。必死に微笑を作る。
「またオレたちの秘密が増えたな、
「厳守しないといけませんね」
「大丈夫だ。オレはどんな約束も守るぜ」
「頼もしいです」
 は適当に態度を合わせた。自分がどんな顔で笑っているか。最早見当もつかない。
 心臓が止まりそうだ。高揚ではなく、戸惑いで。
 ここは間違いなく檻だ。そしては獰猛な獣に食われる寸前の餌。逃げ場もなく、目の前に立ち塞がる相手にただ縮こまることしかできない。
 ようやく王者を理解したつもりが、していなかった。それどこか思考が全て外れた。
 ふと、双六が頭に浮かんだ。数字が書かれたさいころを振り、先へ進んでいく庶民的な玩具。着々とコマを進めるなか、ゴール手前に最初の地点へ戻される悪戯なマスがある。は正にそれを踏んでしまった。
 いや、スタートならまだ良いほうだ。今回はどこへ飛ばされたのかも判らない。
 まさか。そんな。あり得ない――。 
 エレベーターが停止した。外界へ続く鉄格子の檻が解放される。空調が効いているにも関わらず、は妙に空気が詰まっているように感じた。
 ダンデを先に下ろすため、ボタンでドアを開けたまま彼を促す。続いてが降りた。

 降ってきた声に耳を傾ける。チャンピオンは白い歯を見えてにんまりと笑っていた。
「今日もよろしく頼むぜ」
 この男は一体、何を考えているんだ。
 は歩き出した一歩で希望を踏み崩し、さらに進めた一歩で絶望へ沈む感覚を覚えた。

「チャンピオン、収録お疲れさまです」
 は準備していた花束をダンデへ手渡す。彼は嬉々とした表情で受け取った。
「ありがとう、
「最後までチャンピオンの名に恥じない、素晴らしいトークでした。ありがとうございます」
「協力してくれたみんなのお陰だぜ」
 スタジオでは無事に最後の収録を終え、ダンデへ惜しみない拍手が送られていた。
 は周囲の笑顔に並び、見せかけの仮面を被る。操り人形の如く手を叩き続ける。
 収録時の記憶はほとんどない。人間の脳は便利にできているもので、収録ブースへ入ればスイッチが切り替わった。ヘッドフォンを装着すれば無駄な思考を遮断できた。原稿を読みながらチャンピオンの顔を窺う。ディレクターからもミスの指摘はなかった。普段通りに仕事をこなせた、という結果だけが残った。それだけだ。
 ほっと一息つけるはずなのに。希望の扉を開き、日常を取り戻せるはずだったのに。背中に覆いかぶさる黒い波に飲み込まれそうだ。
「花束はくんが用意したものなんですよ」
 右からばくれつパンチを食らう。
「ダンデさんとリザードンがイメージなんです」
 左からはピヨピヨパンチが繰り出される。は攻撃を受けたものの、混乱は免れた。
「そうなのか!」ダンデは目を見張った。「嬉しいぜ。にはたくさん世話になったからな」
「喜んでいただけて光栄です」
 事実、花束はダンデによく合っていた。最初に白を選んだときは少し抽象的過ぎたか、と不安を覚えた。しかし主役は彼ら自身だ。花よりも目立たなくてはならない。熱い炎にも似た彼らに合う色として真っ先に浮かんだのが――白だった。
「リザードンにも見せてやろう」
 ダンデはモンスターボールを取り出した。姿を現したリザードンは花の香りを嗅いでいる。
「リザードン、がオレたちに花を手向けてくれた」
「リボンは火炎放射をイメージしているんです」
 具体的に説明すると、リザードンが鳴いた。感謝の意を込めているのだろうか。彼の優しい声を聞いて、は現実を受け止める姿勢を少しだけ取り戻せた。
「ダンデくん、今回は本当にありがとう」
「こちらこそ」ダンデは微笑した。「皆さんとまた会える日を楽しみにしています」
 ダンデはリザードンポーズを決めた。心なしか集中線が見えたのは目の錯覚だろうか。
 最後にスタッフの要望に応え、写真を撮り始める。ダニエルは息子がダンデのファンであることを打ち明けていた。話を聞いたダンデは、すかさずサインを残した。収録初日ではなく、最後になって願い出る辺り、ダニエルの人の良さが滲み出ているな、と思った。
 エリキテルもリザードンに別れを告げている。ワイルドエリアでの一件を含め、せっかく友人になれた二人を引き裂いてしまうのには心が痛む。
 “最後の日”に二人の写真でも撮ってやろう。
 目上への礼儀として、はダンデとリザードンを外まで見送ることにした。
「短い間でしたが、チャンピオンたちと言葉を交わしたことを誇りに思います。来月のチャンピオンカップも頑張ってください。応援しています」
「まるで最後みたいな言い草だな」ダンデは気に食わなさそうに言った。「言ったはずだ。と会うのはこれで最後じゃない」
「仕事では、という意味です」
「そういうことか!」
 明らかな誤算だが、チャンピオンと会う機会は残り一回となる。それが、本当の最後。
「次の機会でもと話せたら良いな」
「ええ、そうですね」
 正直、今後しばらくは仕事を請けないでほしい。は愛想笑いの裏で小さく呟いた。
「そうだ。ディナーの件なんだが」
「なんでしょう」
「何時ごろに迎えに行けばいい? ここならリザードンがいるから迷わずにいけるはずだ」
「そうですね……」
 はしばらく考えた後、六時と答えた。本来は五時に終わる予定だ。しかし思わぬ事態で時間がずれてしまう恐れもある。チャンピオンが同意しているとはいえ、彼を余計に待たせてしまうことだけは避けたかった。
「分かった。それじゃあ約束だぜ」
「はい。何かあればこちらからご連絡します」
「お」
「わ」
 ははっとした。咄嗟に手のひらで口を覆うが、時既に遅し。
 仕事の癖で思ってもないことを口走ってしまった。今のは完全に気の緩みから出た種だ。
!」ダンデは笑顔で一歩踏み込んだ。「いま連絡すると言ってくれたよな!」
「申し上げておりません」
「スマホを取り出す素振りも見えたぜ」
「気のせいではないでしょうか」
「いや、気のせいじゃない」
 そんな風に喜ばないでほしい。は項垂れたままため息を吐いた。足元でエリキテルが不思議そうにこちらを見上げている。
「連絡がついたほうがも都合がいいだろ」
「まあ、確かにそうですけど……」
 ダンデは満面の笑みでスマホを取り出した。
「教えてくれないか。のこと」
 完全に積みだ。これはもう連絡先を交換するまで梃子でも動かないつもりだ。
 はようやく観念した。仕事用のスマホを取り出し、ダンデの連絡先を読み込む。
「あの……大丈夫なんでしょうか」
「何がだ?」
「リーグ本部の許可なく、連絡先を交換して」
なら問題ない」それよりも、とダンデは唇を尖らす。「きみのスマホじゃないのか」
「セキュリティーが脆弱ですから。チャンピオンのプライバシーを守るためです」というか、と怪訝そうにダンデを見上げる。「どうして判るんですか」
「アーマーガアタクシーで見たときと色が違う」
 本当に――良く見ている。毎度のことながら、彼の記憶力と観察力には度肝を抜かれる。
 は試しにメッセージアプリでダンデを呼び出してみた。彼の手が震えたのを微かに感じ取った。
「届きましたか?」
「ああ!」
「それがわたしの連絡先です。念のため、端末本体の電話番号もお渡ししておきますね」は画面を操作した。「普段は電話でやり取りすることが多いので、緊急の場合にお掛けください。基本的に応答できると思います」
「分かったぜ!」
「緊急の場合、ですからね」は抑揚をつけた。
もいつでも連絡してくれ」
「文脈に合った返事をしてください」
 遠くから鐘が鳴った。シュートシティ広場の時計台だろうか。の腕時計は午後七時を指している。そろそろスタジオへ戻り、業務に戻らねばならない。
「それではチャンピオン、リザードン。また、後日」
「ああ」
「道中お気をつけて」
 ダンデは軽く手を挙げて応え、リザードンに跨って去っていく。は彼らの後ろ姿を見送り、しばらくしてから建物内へ入る。
 ふと、スマホが震えた。画面に表示されているのは先ほど登録したばかりのアイコン。はエレベーターを呼び出しながらスマホを耳に当てた。
です」
『ダンデだ』
 早速かけてしまった、と彼は電話口で笑った。も思わず苦笑してしまう。
「いま別れたばかりではありませんか」
の声が聞きたかった』
 どこまでも不可解なことを繰り返す男だ。とんでもない人物に情報を渡してしまった。
『ディナーの日に会おう。またな』
「はい。失礼します」
 通話が切れ、はスマホを閉じた。到着したエレベーターへ乗り込み、壁に背を預ける。
 チャンピオンとの収録は終わった。待っているのは編集とミーティング。大きな企画を終えた後には、それに似合った片づけとステップが待っている。
 ふと、乗場操作盤に目がいく。思い出すのは脇から伸びてきたチャンピオンの腕。グローブから剥き出しになった強張った長い指。鋭い眼差し。息遣い。
「エリキテル」
 エリキテルは丸い目をへ向けた。
「わたしに向かって十万ボルト」
 後には丸焦げのままスタジオに現れ、火炎放射でも食らったのかと案じられた。


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