朝日和を浴びながら一匹のアーマーガアタクシーが空を飛んでいた。
運転手のマークは手綱を掴みながら前方後方に注意を払う。手元のスマホロトムではナビゲーションは勿論、雲の動きや生物反応を感知するシステムが搭載されている。運転手はアーマーガアを手懐けるだけでなく、空の機嫌にもいち早く察知できる能力が必要なのだ。
『そういやさん。先日のラジオ、聴きましたよ』
通信機越しに飛んできたマークの声。はタブレット操作を止め、ありがとうございます、と伝える。
『その時はちょうどお客さんを運んでいたんですが、随分と距離がありましてね。ラジオを聴きながら飛んでいたら、あっという間でした』
「そうだったんですか」
『チャンピオンと話せるなんて役得だなあ。ちょっとだけ羨ましいですよ』
羨望の言葉に対し、は適当に受け答えする。再び手を動かし、タブレットを見下ろす。液晶に映し出されているのは、第二回目の原稿。文面には赤と青の矢印が伸びており、にしか判らない文字と記号で埋め尽くされている。
本日はダンデとの二回目の収録。早いことに初回の収録から既に一週間が経った。普段の生活と比べても、この七日間はあっという間に過ぎていった。それが憂鬱によるものなのか。はたまた早く終わらせたいという焦りから来ているのか。は判らなかった。
ひとつだけ言えるとすれば、一度ではチャンピオンの実像は見えない、ということだけだ。
「マークさんもラジオをお聴きになるんですね」
『勿論ですよ。こういう仕事をしていると、話し相手は空か風くらいですから。地上にいなくとも誰かと会話ができるなんて、昔は想像もしなかったですよ』
「科学の力ってすげーってやつですね」
『そうそう』
談笑を交えていると、突然アーマーガアが低く鳴き出した。普段から大人しく、滅多に鳴くことのない彼がどうして声を上げたのか。その答えは明白だった。
『なんだなんだ、アーマーガア。どうした』
「もしかしたら、怒ってるのかも」が呟く。
『怒ってるぅ?』やがてマークは、まさか、と合点を含めた声色で言った。『お前、話し相手なら自分がいるだろうって言ってるのか?』
アーマーガアは高い声で鳴いた。まるで、そうだ、と言っているかのように。
やがて、車内の通信機に鼻をかむ音が響く。は思わず苦笑したが、彼の気持ちは解る。言葉が交わせなくとも、ポケモンとはいつも心で通じ合っている。気性の荒いアーマーガアがこんなにも穏やかに飛ぶことができるのは、きっとマークが傍にいてくれるからだ、と。
『そうだな、アーマーガア。おれたちは最高の友だ。これからもたくさん言葉を交わそう!』
車体が揺れるほどの声で、アーマーガアはまたひとつ鳴く。その声は遠くまで響き渡った。
ラジオ局に到着したのはそれから直ぐのこと。今日は真っ直ぐスタジオには行かず、社員食堂へ向かった。
食堂には局内で仕事を共にしているポケモンたちが集まっていた。夜勤上がりのスタッフをアロマセラピーで癒すイエッサン。朝食を運ぶワンリキー。ティーカップへ紅茶を注ぐポットデス(自身のポッドではない)など、各々が能力に似合った働きぶりを見せている。
は窓辺のテーブルに腰を掛けた。モンスターボールからエリキテルを出す。
「お待たせ、エリキテル」
こちらを見つめる彼の目が、次第に光を増していく。東の空を見ると、太陽が顔を見せた。
エリキテルは敏感に反応を示し、頭の襞を広げた。深呼吸をしてから目を閉じ、光を吸収する。彼にとって朝陽はこれ以上にない朝食。不規則な生活に付き合わせてしまっている分、時間に余裕があるときはこうして日の光を浴びせているのだ。
も手作りのサンドウイッチを頬張り、片手でスマホをチェックする。寝ている間に何か変わった出来事はないか。ワイルドエリアの天候はどうなのか。これも朝の生放送に必要な材料だ。
“ターフタウン、石碑の謎に迫る。”
“マグノリア博士、リーグ開催を前にポケモンのダイマックス現象について言及。”
“マクロコスモス社、未だ上昇基調を継続。”
今朝の見出しはこれら三つ。には直接関わりのない記事だが、念のため目を通しておく。
画面をスライドさせていくと、広告に目が留まった。バウタウンのジムリーダー兼モデルのルリナだ。コントラストの高い装飾品を身に付けている。褐色の肌に映えて且つ美しい。どうやら季節の移り変わりで新作の化粧品が販売されたようだ。
帰りにチェックしてみようかな、と下部へスクロールしたところで、の指が止まった。
画面に表示されたのはチャンピオンの姿。先ほどの広告とは異なり、動画形式によるもの。リザードンポーズを決めてから字幕が流れ、バトルにまつわるキャッチコピーが並んでいく。
考える前には画面を閉じた。
食堂内の時計を確認する。そろそろスタジオ入りの時間だ。は急いで席を立った。
「エリキテル、お腹いっぱいになった?」
エリキテルは満足げに頷いている。
「良かった。じゃあ行こうか」
テーブルに広げていた道具をかき集め、は小走りでスタジオへ向かった。
ダンデがやって来たのは午後八時。今回はリザードンの案内もあり、大きなトラブルもなく時間通りの到着だった。今日も今日とて深紅のマントを翻している。
は内心、また迷っているのではないか、と懸念していた。しかしどうやら杞憂に過ぎなかったようだ。彼のリザードンが道を覚えてくれたことにより、安心度は一気に向上する。
今日は収録時間に余裕がある。次の番組まで比較的、有意義にスタジオを利用できる。
「よう、」
ダンデが声をかけてきた。依然として表情は崩さず、王者の風格を保っている。
なるほど、いまは友達口調モードというわけか。
「おはようございます、チャンピオン」
時間帯としては、こんばんは、だが。彼の顔を見てからすぐに自分の作業へ移る。
「この間の夜以来だな」
チャンピオンの突拍子もない発言には思わず固まった。やがて複数の視線に見られている感覚を覚え、ギアルのごとく首を動かすと、スタッフたちはぽかんとした表情を並べていた。
は額に汗をかき始める。反対にダンデはおどけた顔で彼女を見ており、発言の重大さに気付いていない様子だった。思わず脳内でダンデの脇腹を殴る。
「夜って、二人で会っていたのかい?」一番に訊いてきたのはダニエルだ。「仲良しだねえ」
「知らない間に何だか凄いことになってますね」ルージュが意外そうに見つめてくる。
「違います」咄嗟にが反論する。「チャンピオンとは道で偶然会ったんです。その……」
ここまで言っては口ごもる。この場合、どう答えるべきなのだろう。
チャンピオンが迷子になっていたので、自分が駅まで送ってあげた、と言うにしても、彼の威厳に傷をつける発言になりかねない。例え周知の事実だとしても、本人やこの場の人間がどう捉えるかはまた別の話だ。故意に王者のイメージを落とす真似はしたくない。
しかし他に良い案が浮かばない。
考えあぐねると、視界の隅でマントが揺れた。
「オレが道に迷っていたところを彼女が助けてくれたんですよ」
そうだよな、とダンデが視線を送ってくる。は何も言えず、黙って頷いた。
「偶然でもチャンピオンと会えるなんて、くんも運が良いね」ダニエルが言った。
わたしにとっては不運です、と胸中で呟く。
だが、チャンピオンのお陰で難からは逃れた。何より自分のまどろっこしい釈明よりも、彼から発せられた言葉には異様な説得力があった。微量ながらも注がれていた疑惑の目が、いまではすっかり落ち着いている。
悔しいが、今回ばかりは感謝せざるを得ない。元々は彼が蒔いた種ではあったが。
誤解が解けたところでスタッフの視線から解放され、今度はからダンデに近付く。こちらの存在に気がつくと、彼はにこりと笑いかけてきた。
「この間は無事にたどり着けましたか」
「ああ。さすがに電車へ乗れば迷わないぜ」
「それならよかったです」
「のお陰だ。本当に助かった」
収録以外ではなるべく呼び捨てにしないでほしい、とは思った。だがその理由を問われた後の面倒さを考え、礼には及びません、と言ってその場を離れた。
「そうだ、くん」ダニエルが言った。「ルージュちゃんから話は聞いたよ。ダンデくんのリザードンを起用した新しい要素を織り交ぜたいそうだね」
「はい」
「オレのリザードンを?」ダンデの頭上に疑問符が浮かんだように見えた。「詳しく話を」
「分かりました」は頷いた。
は前回の配信を踏まえ、浮かんだ着想をチャンピオンに話した。なるべく細かく。
ダンデは最後まで横槍を入れることなく、こちらへ耳を傾けた。常にそうであって欲しい。
「つまり、こういうことだ」ダンデは指を立てた。「オレのリザードンの鳴き声を使いたい」
「ざっくり言うと仰るとおりです」
「なるほど!」
上司の許可は下りた。あとはリザードンの主人であり友人であるダンデの回答次第。
彼はしばらく考える素振りを見せ、やがて口元に弧を描いて頷いた。
「いいですね。そのアイデアに乗りましょう」
「本当ですか?」ダニエルが訊いた。
「実は言うと、オレも同じことを考えていたんです。ラジオを聴いた弟から問われました。収録のときもリザードンといっしょにいたのか、と。弟から言われて、前回の収録時に抱えていた違和感に気付いたんです。チャンピオンタイムにはオレだけじゃなく、リザードンを始めとした仲間たちも必要であるべきだ、と」
チャンピオンの力説を聞きながら、は言葉にできない複雑な感情を抱えた。彼の考えが自分とまったく同じだったからだ。
「それに番組が盛り上がるのであれば、こんなに良いことはない。ただ、ひとつだけ条件が」
――来た。は一瞬にして身構える。
数多くのスポンサーを抱える彼が、ただで承諾を下ろすとは到底思えない。必ず厳しい条件を繰り出してくるに違いない、と考えていた。
しかし位は違えど、こちらもプロだ。毅然とした態度でチャンピオンの言葉を待つ。
「皆さんのポケモンを見せてください」
「え?」
「わたしたちの」
「ポケモンを、ですか?」
、ダニエル、ルージュの順に言った。無論、他のスタッフも顔を見合わせている。
そうです、とダンデが笑う。「オレたちがこうして時間を共有するように、ポケモンたちも同様の楽しさを体感し、経験させたいんです。あとはオレ自身が皆さんのポケモンに会いたい!」
目の錯覚だろうか。無風の室内でチャンピオンの髪やマントが揺れているように見えた。
まさかポケモンを会わせてほしいとは。彼が提示した条件は息をするよりも簡単なことだった。まるでトレーナー資格を待つ子供だ。チャンピオン自体が大きな子供なのだから、当然といえば当然だが。
しかし、スタッフ全員のポケモンを披露するにはスタジオではスペースが狭すぎる。ディレクターの指示で別室へ移動する。隅に荷物が積まれている広い会議室だ。
「出てこい、リザードン」
ダンデは挨拶と言わんばかりにリザードンを出した。彼は大きな翼を広げ、深緑色の目を瞬かせながら存在を露わにさせる。
スタッフは興奮と歓喜の色を見せ、一定の距離を保ちながら橙色の体を見上げる。なかにはリザードンを初めて見る者もいるようだ。
「では、皆さんのポケモンを見せてください」
彼の指示に従い、各々がボールからポケモンを繰り出す。様々な声が部屋を包み込んでいく。
ダンデは一匹一匹、入念にポケモンを観察している。直接触れてみたり、目を覗き込んだり。時には技を出すように指示している。自分以外には懐かない、と言われたポケモンでさえ、彼にかかれば常識を覆す。一瞬にして手懐け、心を通わせている。
は輪から離れた場所で、その様子を眺めていた。
「なるほど。ダニエルさんのポケモンはエスパータイプでまとめているんですね」
「はい、子供の頃からSF作品が大好きなんです」
「ケーシィにリグレーか。ゲットするのに苦労されたんじゃないですか」
「そうですね」ダニエルは頭を掻きながら微笑する。「でも、彼らにはお世話になっているんですよ。郵便では間に合わない書類をテレポートで届けてもらったり、わたしが寝ぼけてボタンを押し間違えたときもフォローを入れてくれたり」
「互いに信頼し合えている証拠だ。素晴らしい」
「ありがとうございます」
続いてダンデはルージュの元へ向かう。彼女のポケモンは草と虫タイプで構成されている。
ワタシラガにバチュル。どれも可愛さに溢れる顔ぶれだ。なかでも一際目立つのは全身を硬い殻で覆っているグソクムシャ。体も大きく、目つきも鋭い。
「わたし、ブティックでも日頃から奇抜なものばかり選ぶんです。だけどポケモンになると小さくて、可愛らしい見た目ばかり捕まえちゃって」
「そうなのか」ダンデは依然、にこにことしている。
「グソクムシャは、そんな可愛さとかっこよさを持っている最高のポケモンなんです。ワタシラガはうたうで気持ち良く眠らせてくれますし、バチュルは笑った顔が可愛くて……」
「その気持ち、よく分かるぜ」
ポケモンへの思いを交えつつ、ダンデはスタッフとポケモンたちとの対話を続ける。
やがて彼の靴先がに向けられる。どうやら残されているのは自分だけのようだ。他のスタッフは雑談を交えながらリザードンを眺めている。
チャンピオンがどんな意図で自分を最後に回したのかは分からない。だが、彼の順路は英断だと思う。
「待たせたな、」
「お気遣い感謝します」
ダンデは周囲を見渡した。「、きみのポケモンたちはどこにいる?」
は膝を折り、エリキテルを抱き上げた。「わたしはこの子だけです」
腕の中でエリキテルが元気よく手を挙げる。しかしダンデはにこりとも笑わず、真顔だ。
「一匹だけなのか」
「いけませんか?」
「そういうわけじゃないぜ」
だったら何だ、とは気を悪くする。
「他にポケモンをゲットしたことは?」
「はい。ありません」
「そ、そうか」
ダンデは顎に手を添えた。仕草から見ると、何やら考え込んでいるように見える。
もう、とが言った。「いいですか? 時間に余裕があるにせよ、今回はリザードンの声も録音しなければなりません。そろそろスタジオに戻りましょう」
半ば捲し立てるように伝えると、ダンデはいつもの表情で、そうだな、と言った。
再びスタジオへ戻り、早速リザードンの声を録音する準備に取り掛かる。は邪魔にならないようにサブスタジオで待機することにした。
ADがポケモン用の小型マイクを持って収録ブースへ向かう。しかし小柄な彼女ではリザードンの口元に手が届かず、苦戦しているようだ。
見兼ねたが手を貸そうと前へ出たとき、脇から褐色の太い腕が伸びてきた。ダンデだ。彼はADの背後へ回り、マイクを手に取った。もの凄い体格差だ。
「何処につければ?」
「す、すみません」彼女は心底申し訳なさそうに謝る。「顎の辺りにつけていただけると……」
「ここだな」
ダンデは指示通りに装着する。前屈みになっているため、彼女との距離は自然と狭まる。
「リザードン、どうだ」
リザードンは心地良い声で鳴いた。
「ありがとうございます、ダンデさん」
「お安い御用だ」彼は微笑を浮かべた。言葉通り、本当に何でもないように笑っている。
その一方でADはチャンピオンの言動と笑みに頬を紅潮させていた。彼が傍を離れてもずっと視線を追い続けている。それは憧憬の眼差しではなく、明らかに熱を持っていた。
とんでもない天然たらしだ。恐らくこれまでも今のように数多の心を射止めてきたのだろう。ポケモンバトルでも人間関係でも。
「さん、お願いします」
収録ブースの準備が改めて整い、は必要な道具を携えて現場へ向かう。
既に待機しているダンデと向かい合いように座ると、ダンデが軽く上体を乗り出してきた。
「」
「何でしょう」
目と目が合い、やがて彼はにこりと笑った。
「今回もよろしく頼む」
そんな風に優しく笑っても、靡いてなんかやらない。
「こちらこそ」
も笑みを浮かべ、ヘッドフォンを装着した。
無事にすべての収録を終えたのは日付が変わる前。午後十一時を過ぎた頃だった。
の想像通り、リザードンが参加したことによって内容は格段にパワーアップした。ポケモンが傍にいるだけで話題の幅は一気に広まり、心なしかスタジオの空気も一層明るくなったような気がした。補佐役のエリキテルも同じ空間にリザードンがいて嬉しかったのか、普段よりも調子が良いように見えた。
何より凄まじいのはチャンピオンだ。ポケモンを手懐けるにしろ、周囲への観察眼にしろ、何を与えてもぴたりと嵌まってしまう。格好がついてしまう。
前回に引き続き、収録中に目立ったミスはなかった。滑舌も良い、言葉選びも良い。パーソナリティとして学ぶべき面があることも確かだ。
だからこそ、悔しさが募る。
この上ない彼のポテンシャル。認めざるを得ない功績の数々。何か欠点があるのでは、と内偵している自分にみすぼらしささえ覚える。方向音痴は間違いなくマイナス点だが、世間では既にステータス化している。つまり欠点ではないのだ。それが尚更、腹立たしい。
何事も率なくこなせてしまうからチャンピオンなのか。それとも彼だから成し遂げることができるのか。考えても溜まっていくのは表現し切れない黒い靄。
はエレベーター内でため息を吐いた。他に誰も見ていないにしろ、外でこんなに大きな息を吐いたのは初めてだ。スタジオから離れた瞬間に色んな糸が切れたのかもしれない。
エリキテルをモンスターボールに入れておいて良かった。例え癒しの存在だとしても、彼にこんな姿を見せたくないし、共に抱えて込んで欲しくない。
「あの子の場合は気にしないだろうけど……」
独り言を呟いていると、分厚い扉が開いた。待っていたスタッフとぶつかりそうになり、先を譲ってもらってエレベーターから降りる。
外に出た瞬間、冷たい風が吹きかかる。はコートのボタンを締めた。
同時に腹の虫が鳴る。思い返せば昼から何も食べていなかった。明らかに自己管理不足だ。
昨夜に作りすぎたカレーでも食べよう。空腹を満たせば、この情けない思いも解消できる。
「!」
と思った矢先、飛んできた大きな声に立ち止まる。考えずとも判る。十中八九、ダンデだ。
記憶が正しければ、彼は収録を終えたと同時にスタジオを後にしたはず。マクロコスモス社のスタッフに連れられ、軽く手を振りながら去った姿が記憶に新しい。
思考を巡らせている間に、チャンピオンが駆け寄ってくる。脚の長さも相まって、あっという間に目の前にやって来た。
「どうしましたか」
「呼び止めてすまない」ダンデはふうっと息を吐いた。「これから帰るのか?」
「そうですよ」は大儀さを隠して言う。「チャンピオンは何故、戻ってきたのですか?」
「に話があるんだ」
話なら収録時にもう散々しただろう。これ以上、不要な感情を生み出さないでほしい。
しかし、ここまで走ってきてくれたことを無碍にはできず、彼を受け入れた。
「分かりました。ですがここは会社の入り口です。駅へ向かいながらでも構いませんか」
終電に間に合わなくなる、という本音は隠した。
「平気だ。すぐに終わる」
「しかし――」
「」
名前を呼ばれたと思いきや、チャンピオンは大きな手で両肩を掴んできた。あまりの力強さには思わず顔を歪める。まるでウォーグルのかぎ爪に捕らえられた獲物になった気分だ。
いきなり何をするんだ、と相手を睨むために顔を上げる。しかし、視線の先には射抜くようにこちらを見つめる黄金色。まるで懇願するような熱い目だ。
とても、逸らせない。
「ワイルドエリアへ行こう」
「え?」
「オレといっしょにポケモンを捕まえに行こう」